2020年の東京オリンピックの開催により、建設業界の人手不足に拍車がかかり、建築費の高騰が続いています。そして、東日本大震災被害を受けた地域の住宅建設がますます遅れていくことに懸念が強まっています。そんな最中、新国立競技場の建築費が2,520億円になるとの発表がありました。多くの建築家から構造・必要性など疑問の声が上がり、何よりその建築費用がズバ抜けて高額であるということに国民の不信感が募りました。更に、予算に充てる資金の目処もたっていないということも露呈しました。安倍総理が緊急会見で計画を白紙に戻すとしましたが、今後この競技場建設を巡って、どこまでお金が使われるのか多くの国民の注視がなされるでしょう。
ところで、仮に2,500億円を被災地の住宅建築に充当させたらどうなるでしょう。新築住宅の場合、建坪25坪(約80㎡)として最低1,000万円程度で建築できるようですが、この目安で2,520億円でどのくらいの数の建物が建つかといえば約25,000戸ということになります。これは、今現在仮設住宅に居住していると思われるすべての世帯の1/2程度になります。つまり、今回の新国立競技場の建設費があれば、土地の手当はともかくとして、半数の世帯の建物が個人の負担なく無償で建つ計算になります。
現在、津波が襲った地域では土盛りが行なわれ、来年以降徐々に建物が建てられる状態になる見込みです。その時、多くの高齢者が自己資金を使って建物を取得する意欲を持つことができるかどうかということは強く懸念されています。
オリンピックの一つの会場にこれだけの資金を投入させた有識者会議の人たちは、こうした被災地の状況を鑑みて、建設の優先順位を比較する見識を持たれていたのでしょうか。
2年間の耐用年数の倍の期間を過ぎ、なお復旧工事が遅れ続けて、仮設住宅を脱出出来ずに多くの方が居られることは、今の日本人にとって最も辛い現実だと思います。この方々が新たな住宅を取得するための費用として仮に競技場建築費の50%の助成が出来れば、すべての被災者の住宅建築に対応できるかもしれないのです。こんなことを考えていくと、夢が無くなるではないかという矛盾と向き合うことになります。しかし、同じ日本の中でオリンピックが様々な形で被災地の復興に水を差すようなことをしていることに少し寂しい気がするのです。

公益社団法人 東日本大震災雇用・教育・健康支援機構
理事長 田中 潤