震災から2年半が過ぎ、岩手県大槌町の津波に飲み込まれた地域では、青々と伸びた夏草がすっかり色を黄に変え、やがて来る冬には、また、荒涼とした枯野が一面に広がっていくのだろう。

仮設住宅に住む多くの人々は、どこの地域に住むことになるのかさえも決まらない状況下で、既に耐用年数に達した仮設施設の修繕や生活基盤の構築に心を悩ませている。

先頃、都道府県の基準地価が公表されたが、その中で大槌町の2つの地域が、全国の土地の値上がり率の1位、2位となった。

全国レベルで土地が値上がりするからには、交通の便が良いとか、日当たりや景色が優れているとか、近隣に生活に役立つ諸施設があるなど、明らかに誰もが納得する「住みたい住環境」を兼ね備えているはずである。しかしながら、1位となった大ヶ口地区は、水洗トイレなどライフラインの整備も遅れている山陰の地域である。

大槌町に「今、家を建てて住めるのはここしかない」という消極的選択肢で震災前の2倍、3倍に地価が値上がりしてしまったのである。新たに大槌に引っ越しをしてくる人はほとんど皆無と考えれば、震災前はもっと利便性の良い所に住んでいた人達が、この負の選択をしたことは容易に想像できる。

なぜ、ここまで住環境の整備が遅れてしまったのか…?土地の権利調整が遅れていることが大きい。

「この場所に家を建てる」という仕切りを迅速にすることこそ、行政が何をおいても行なわなければならない具体的課題である。そのためには、多少の行政的介入がなされてもやむを得まい。町の中に決定力のある理念が不在であることのつけは、すべての町民から復興の光を遠くに押しやってしまっているのである。

地価暴騰をここまで放置した責任は、国として極めて重い。津波により多くの財貨を失った住民の唯一、最大の権利である居住権が大きな危機に瀕している。住環境の復興に具体的な方向性を示すことが、喫緊の課題だ。

これなくして、新たな産業の創出もない。私たちは昨年から被災地に10階建てクラスの100世帯マンションを復興住宅にするべく民間投資の導入を提案している。高層ビルにより津波からの安全確保がなされる他、高齢者中心の居住者を対象にコミュニティーを重視した未来住宅の建設である。

安心して気持ちよく過ごせる居住空間を確保することこそ、「町を復興させる」という行政から住民への強いメッセージになるはずである。また、浸水地域での大規模な太陽光発電所の建設による産業振興と住民への電気料無料化も、町の再生をアピールするには大きな柱として提案したい。巨額な国家予算を投入しているからには、この町の復興に関心を持ち続けることは、国民誰もの当然の権利と義務である。

平成25年10月22日
公益社団法人 東日本大震災雇用・教育・健康支援機構
理事長 田中潤